生物と無生物のあいだ
生物とは何か。その根源的な問いに、生物学者福岡伸一が、DNA発見の経緯や自らの研究の過程を踏まえて向き合った書。
魅力的な語り口で、生命の謎をときあかすドラマが綴られていく。科学的で精緻な文章でありながら、時折深い抒情をたたえて記されていく。それは、文学的香気をたたえた上質の推理小説を読んでいるかのようである。しかも、その内容は生命の神秘を伝えとめどもない深みをたたえている。
「1950年、彼女が三十歳になった秋のことだった。幸運と、その不運のすべてが、続く二十数ヶ月のうちにフランクリンの上に照射され、それはあらゆる方向に拡散した。」
DNAの構造発見に大きく寄与したX線解析を専門とする科学者、ロザリンド・フランクリンに関する本書の文である。X線を物体にあて、その構造解析を行うことに彼女の運命を象徴させた比喩に感銘を受けた。
彼女の研究はワトソン、クリック、ウィルキンズの3名がノーベル賞をとったDNA二重らせん構造の発見に大きく関わっているが、フランクリン自身の名はノーベル賞受賞者に刻まれることはなかった。
このような、巧みな表現とドラマチックな展開により、読む者を強く惹き付ける魅力に満ちている。
生命現象とその解明に挑んだ人々を描き、根源的な感銘を与えてくれる名著。
素数に憑かれた人たち
「ゼータ関数の自明でない零点の実数部はすべて1/2である。」
「素数に憑かれた人たち」は、数学における最も重要な未解決問題「リーマン予想」について、その内容と、解決に挑んだ人々の姿を描いた書。奇数章には数学の解説が記され、偶数章には背景となる歴史や伝記的な話題が述べられている。
現代数学においても難問であるリーマン予想を、平易に記述し、伝えようとする工夫が素晴しい。数学教育においても、参考になる点が多い。また、数学者が生きた時代背景やエピソードが興味深い。単なる数学の解説書ではない広がりがあり、読み物としても飽きさせない。近現代における数学者の列伝としての側面も持っている。
歴史の縦糸のひとつとして数学が息づいている様を見事に描いた本。
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イミテーション・ゲーム
「イミテーション・ゲーム」は、第2次世界大戦でドイツ軍が用いたエニグマ暗号の解読に挑む人々との関わりを中心に、数学者アラン・チューリングの生涯を描いた映画。
主役は、ベネディクト・カンバーバッチ。卓抜の演技でコミュニケーションに難のあるチューリングを表現する。
脚本も緻密に構成され、伝記映画としても見事な出来映え。
暗号解読という地味な作業をじっくりと、なおかつスリリングに映像化し、功績の大きさもしっかりと示されている点が素晴らしい。
2014年アカデミー脚色賞受賞作品。
中島さち子TRIO REJOICE
「私はいま,宇宙の最も原始的な姿,人間の最も素朴な強さを,より鮮明に捉えられないかと,ぼんやりと考えています.人間の持つ醍醐味は,その個性や自我,喜怒哀楽,その限界……から離れたところにも広々と存在すると思う.-その,言葉にならない魅力を,ゆっくりと知ってはいけないものでしょうか.」
日本評論社の雑誌「数学セミナー」の別冊創刊号「ζの世界」は、1997年6月に刊行された。ζ(ゼータ)関数についての文章がまとめられた、極めて密度の濃い冊子である。
執筆者として、数学者に交じって、フェリス女学院高校3年の中島さち子の文章が収められている。「ゼータの世界を眺めて」というタイトルで、数論のいくつかのトピックスをちりばめ、自らの抱負を語っている。知的好奇心に満ちた、きらきらと輝く少女の姿が眼にうかぶ、生き生きとした文である。内容については、高校生がここまでレベルの高い数学を理解し感銘を受けているのかと、圧巻の思いであった。まさしく、真の才媛である。
中島さちこTRIOの音楽は、前向きな明るさに満ちている。それは、学問の深さとその豊かさを充分に知り、人生の素晴らしさを実感しているからこそ生まれる音楽なのであろう。
これなら分かる応用数学教室 -最小二乗法からウェーブレットまで-
本書は、大学2年生のための「応用数学」の授業のための講義ノートが基になっている。線形代数と解析の基礎を説明しながら、信号処理への応用を記した本である。
「最小二乗法」から始まり、「直交関数展開」「フーリエ解析」「フーリエ級数」「固有値と2次形式」「主軸変換とその応用」「ウェーブレット解析」の章で構成されている。
簡潔に定理とその解説が示され、多くの具体例を交えながら話が進む。情報処理社会を支えている基盤技術であるデジタル処理に、数学がどのように用いられているのか、スッキリと理解できる。画像処理、データ圧縮などに関わる内容であり、高校・大学で学んだ数学が、このように活用されるのかと感動すら覚える。まさに、「ストーリーのある数学」の書となっている。
節の最後にある「先生」と「学生」の「ディスカッション」がこの書の大きな特徴となっている。対話の中で、学生が質問をし、先生が答えるのだが、具体的なイメージを与える解説であったり、先につながる発展的な事柄を示すなどの内容になっている。読んでいて、「そうそう、そこが疑問だったんだよ」という点を「学生」はズバリと質問してくれる。「先生」の回答により、数式の意味がよりはっきりと捉えられるであろう。
また、数式や計算を追うことに疲れた頃合いで丁度「ディスカッション」となる。「ディスカッション」は読者が学ぶ際のリズムを作る役割も担っている。
生きた数学を伝えてくれる、教育的な配慮が行き届いた優れた書。
広中平祐 生きること学ぶこと
ビューティフル・マインド
数学者ジョン・ナッシュの半生を描く映画「ビューティフル・マインド」。ラッセル・クロウが、統合失調症に苦しむ数学者をじっくりと演じる。悩みながらも夫を支える妻をジェニファー・コネリーが好演している。
アメリカの大学の懐の深さを感じさせられた作品。アカデミー賞では、作品賞、監督賞、助演女優賞、脚色賞の4部門を受賞。
フーリエの冒険
皆でわいわい言いながら、数学を学びあっていく。そんな情景が浮かぶ、「フーリエの冒険」。これほど分かりやすくフーリエ級数を扱った本はないだろう。新しい世界に冒険をする心持ちで数学に触れることができる。
波の成分の話から始まり、フーリエ展開、微分・積分、ベクトル、オイラーの公式、フーリエ変換と波の不確定性と進み、レベルは高い。しかし、手書きのイラストと具体的な例えにあふれ、たいへん親しみやすい。イメージが豊かで、数学の有用性を実感できる。高校生や大学生が読み進んで独習する価値が充分にある。
数学を学ぶ楽しさを伝えてくれる、素晴しい本。
フーリエの冒険 A Mathematical Adventure[本/雑誌] / トランスナショナルカレッジオブレックス/編
高校数学でわかるシュレディンガー方程式
量子力学の歴史をたどりながら、最も重要なシュレーディンガー方程式が導かれるまでを、高校程度の数学を用いて解説した本。量子力学の誕生から、どう発展していったのか、その過程が分かりやすく語られ、たいへん興味深く読める。比較的簡単な数式を用いながら解説されている点が良い。
こういった科学の本は、ともすると文章だけで綴られていて、数式がほとんど現れず本質がつかみづらいか、逆に数式の羅列に終始してその式の表わす意味が理解しづらいか、いずれかに陥ることが多い。本書は、文章と数式のバランスが良く、歴史とからめた形で数式の意味を納得でき、基本を押さえることができる。
科学に興味を持つ高校生や、量子力学の基礎を確認したい大学生に薦められる一冊。
フェルマーの最終定理
「3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせは存在しない。」
サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」は、この一見単純な定理に挑戦した様々な人々のドラマを描いている。
「フェルマーの最終定理は数学のセイレーンなのだ。天才たちを魅惑の声で誘っては、その希望を打ち砕く。」
この書では、数学者ワイルズの完全証明に至る苦難が後半のテーマであるが、特筆すべきは、証明に大きく貢献した「谷山=志村予想」という日本人による理論が取り上げられている点である。数学者谷山豊と志村五郎の物語は、たいへん胸を打たれる箇所であった。
フェルマーの定理を軸としながら、様々な数学にまつわるエピソードを積み重ね、ドラマチックなうねりをつくりだす筆力には圧倒された。日本の理数教育に求められるのは、このように大所から捉え、具体的に分かりやすい形で学問を示す人材の層の厚さかもしれない。